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「あっ、こんなとこにあった!」と気付くためのブログ

奇想天外な発想の源はあなたがすでに持ってます。

わかんないですよね・・・

むかし私が大学にいた頃 友達と「真実ってなんだろう」 なんてことをみんなで考えました。 

 

 

周りの回答は忘れちゃいましたが、自分は、

 

「今自分がここにいること」

 

そもそも真実ってなんじゃ?ということもありますが、 自分は信じられる事実ってとらえたので、 「今自分がここにいること」 でしたね。

 

 

当時は周囲から「??」でしたが、 今でも自分はそう思ってます 。

だってこれ以外自分が確認出来る「確実」なことって ありますか?

あとはせいぜい五感で感じるものくらいでしょうか。

 

 

でもですね、五感のうち視覚については 今見てる物が本当にその色をしているのかなんて分からないですよね。

 

ずっと赤だと思っていた色が、実際には黒かもしれないですし 周りの人間にも同じように赤に見えてるから確かめようもないわけで カラーアナライザなんかで機械的に計っても  実際には黒の波形を示していても赤だと信じて見るだけですよね。

 

 

そうなると数値なんて当てになんない だから、なんでも疑ってみるってのは、 別に変わったことじゃないかもしれないですね。

 

 

自分の体に胃があるってのは間違いないんだろうけど、 実際腹かっさばいてみないことには証明出来ないですよね。

レントゲン写真はすり替え可能だし、 人の体はこうなってますって、それはテレビや本を信じてるだけの話ですよ 。

 

ましてや、世の中の出来事とか 歴史上の出来事、ニュース 他人を介しての情報など、鵜呑みにする方がどうかしてると。

 

でもこれだけ情報や物事が進むスピードが 早くなってくると、個々の事柄はあまり掘り下げずに 単純化したイメージで先に行ってしまうのが普通ですね。

そりゃー楽ですからね  それにスマートに見えますよね。

 

なんか効率良くまわしてる感じで でもそれが落とし穴なんですよ

 

いつの間にかせまーい範囲の中でしか モノを見れなくなってしまうのですよ

コントロールする側からすれば 非常に好都合な人材ですよね。

効率良く仕事をこなしても 全体像が見えないから コントロールする側の意図まで気が行かない 。

だから悪巧みもしやすい 不要になった際にも もっともらしい理屈で体よくたたき出すことができる。

 

そんなことにならないために 他人からの情報はよく確かめる必要があるわけですよ

赤と思っているものが黒であるように  当然と思っていることほど 疑ってかかる方が 情報についてはいいことが多いと思うのです  。

 

と、ここまで書いといて

んー偏屈なオヤジだ。。。